三人の子供達とパワフル母ちゃん。楽しいラクダ家へようこそ!


by nokorakuda

カテゴリ:らくだ夫( 20 )

さよならビッグホーン

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今日、彼の車、ビッグホーンを廃車にするために車屋が持っていきました。

14年もののディーゼル車、もちろんマニュアルで、塗装も剥がれある意味迫力の車でしたが、私にはとても乗りこなせないし維持費もかかるので、廃車にするしかないでしょう。
あんなに体の小さいい彼がよくもあんなにデカい車に乗っていたものです。

初めて会った日はこの車でスキーに行ったのでした。
結婚式の時にはドレスやら新婚旅行やらの荷物満載にして式翌日にラクダパーティーに出掛けたのでした。
雪の泥で汚れてドロドロの車を恵比寿のホテルウェスティンの駐車場に止めた時には恥ずかしかったな…。

楽しい思い出をいっぱいありがとう。


明後日には私のヴィッツともお別れし、新しい車が納車となります。
今日はあまりに汚いヴィッツに掃除機をかけました。(笑)


だんだん彼のいない新生活が整っていきます。

前へ前へ。

何があってもどんどん進んで行かなくっちゃね!
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by nokorakuda | 2010-01-25 19:40 | らくだ夫

さよならラクダ家

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11月24日
新婚で入居した沼津のラクダ家を3年と11ヶ月で引っ越しました。

隅から隅まで幸せと楽しい思い出がぎっしり詰まったこの家。

悠大と明日香が生まれ、三人目の子も授かり、家族が増える楽しさを知りました。

暖かくて明るい角部屋で見晴らしも良くて、窓の下に広がる茶畑を抜ける小道をみんなで散歩するのが大好きでした。

いつも友達が遊びに来て賑やかでした。
毎日ラクダ夫にお弁当を作りました。

私が仕事で遅くなるときは夕飯を作って待っていてくれました。

ベランダの植物に水をあげるのも、ゴミ出しも、家計簿をつけるのも、いつもラクダ夫がやってくれました。

毎日毎日ラクダ夫が帰ってくるのが待ち遠しかったし、仕事に出掛けるときは寂しくなりました。


いよいよこの家ともお別れです。

楽しい思い出をありがとう。

荷物はなんと、軽トラ6台分。
8畳間2つを埋め尽くした荷物に途方に暮れるけど、なんとか年内には納めないとね。


彼が生まれた御殿場の家で、楽しくて幸せいっぱいの新しいラクダ家を作るの。

頑張ろう。

うんと幸せになろうね!
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by nokorakuda | 2009-11-25 22:39 | らくだ夫
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今日はラクダ夫の誕生日でもあり、友達夫婦の結婚記念日でもあります。

なので、御殿場で一緒にお祝い。

まずはお墓に行ってみんなでおめでとう。

一枚目の写真はお墓の横で友達パパさんと遊ぶ子供たち。
いいねえ和むよこの光景。

その後は水着でみんな揃って遊べる温泉「天恵」へ。

紅葉がきれいでしょ。
温泉の駐車場で富士山と紅葉と青い空。贅沢な風景をしばし楽しみます。

いざ温泉に入ったら、子供たちは大はしゃぎ!
もうねえ、こ〜んな楽しそうな子供達の笑顔見てたら無条件で幸せになれるわよ。
でも、明日香は珍しくノリがイマイチ。あ、そうか。お腹すいてるんだわ。
明日香には風呂上がりにマミーを一本じゃ足りず、二本買わされたし(苦笑)

ああ、もっと沢山写真載せたい〜。携帯からだと五枚までなのよね。

温泉の後は個室で食事。
御殿場高原ビール系列なので、乾杯はビールを私も少しだけ。
美味すぎ!

子供たちが物凄い勢いで食べるから気がつくと大人の食べる分がない…もちろん明日香のがっつき方はダントツ!(笑)

最後に用意しておいたケーキを。
幸せ〜。

個室、いいねえ〜。まったりと気兼ねなく楽しめる。1時間一室千円だよ!みんなで割れば300円程度じゃんね。クセになりそう!

最後はなんと、花火大会!

完全真冬装備毛布持参で出掛けます。
その名も「御殿場希望の花火大会」!

冬の花火ってクリアできれいなのよね。
人は少ないし、迫力たっぷり。ほんと贅沢だわ〜。

彼もきっと一緒に見てるよね。
私達頑張るからね!
私、いい友達を持って幸せだわ。
結婚記念日おめでとう!
ラクダ夫、お誕生日おめでとう!

すっごく楽しかった♪
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by nokorakuda | 2009-10-31 23:54 | らくだ夫

五十日祭終わりました。

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25日は五十日祭(仏式では四十九日)でした。

祭壇にもお墓にも三時間くらいかけて生けたお花をいっぱい飾り、じいじが山から切ってきた竹を祭壇の脇に立ててしめ縄を張り、供物を飾って。
盛りかごや花屋に注文した花も届いたし、更に何人もの友達から贈られた花もあり、本当に賑やかな祭壇になりました。

庭の榊を切って玉串を作ります。
大きな枝は神主さん。ぶんぶん降ってお祓いしてくれるアレです。
小さな枝は私たち一人一人が神様になった故人に捧げるものです。
そんな手作りの法要なのです。

神主さんは女性で偶然私と同姓同名、字まで同じ。さらに三人目の子の出産予定日は神主さんの結婚記念日と同じだという不思議なご縁。
今回の事、本当に心を痛めて、私のこの先を心配してくれました。

法事の前日は東京と横浜から友達が会いに来てくれて、お墓参りをしたりお寿司を食べに行ったりして楽しい時を過ごしたあと、名古屋の叔父夫婦が泊まりに来たりと分刻みの忙しさ。
でも、こうして来てくれるのは本当に嬉しい事です。

当日。

いざ法要が始まると、毎度神主さんの愛情こもった祝詞に涙が止まらない。

彼がどんな人物で、結婚して子供も授かり本当に幸せで、三人目の子を見ることなく逝き、これから先幸せな事がたくさんあったはずなのに、どんなにか心残りだったろう。でも、頑張って生きていく家族をしっかりと守ってください…
と、そんな内容。

ああ、そんなに泣かせないでよ。

途中、ぶんぶん降った榊の枝からカメムシが飛び出しポトっと畳に落ちるハプニングもありましたが(笑)、一連の儀式は祭壇から仏壇に彼の御霊を移して無事終了。

いとこまでを含む家族親戚と近所の組内、総勢みんなで60名あまり。
みんなでマイクロバスで移動してお墓に参ります。
きれいに竹と花を飾ったお墓に玉串を捧げます。

あたりは2ヶ月前は金色の稲穂が見事でしたが、今は稲刈りも終わりコスモスも散り紅葉も始まって、すっかり秋も深まってしまいました。

葬式の夜、間引いて摘んでお浸しにして食べた大根の小さな葉っぱも今ではすっかり白い大根になって毎日食べています。

あれから2ヶ月。

季節は私を取り残してどんどん移ってしまいました。

お墓参りの後は料理屋で会食。
引き出物はお酒、どら焼き、商品券と、彼が仕事で毎日作っていたお豆腐の詰め合わせ。

お豆腐は会社の方が彼のためにと45個も無料で出して下さいました。
日持ちするし、とても美味しいんだもの、絶対喜ばれた筈。
3時頃家に戻ってきて、大体の人が帰って行った四時頃、彼も仲良しだった友達達が8人もレジャーの帰りに寄ってくれました。

頂いたお花を仏壇に飾り、手を合わせ、お墓にも行ってくれて。
どうもありがとう。
お墓は雨上がりで、墓石の周りに沢蟹が沢山出てきていてびっくり。
いつものカエルやバッタも元気に飛び跳ねてる。

法事の写真は撮らなかったのでここではこの時の写真を。


全てが終わった今、祭壇はすっかり片付き、仏壇に置ききれない沢山の花は所在なく床の間に寂しく咲いています。

遺影は天井近く、居間の上のほうに爺ちゃん婆ちゃんの隣に並んでいます。
三人とも見事に同じ顔(笑)。

仏壇の中央に小さな位牌。
ああ、こんなに狭い場所に移っちゃったのね。

なんだか私は彼に向き合って話しかけられる場所を失ってしまいました。

居間に仏壇じゃ落ち着かないの。
一人で彼と向き合いたいのに。

なんだか一気に喪失感に襲われて。

彼はいないのよ。
もう、会えないの。

悲しみは癒えるどころかどんどん深くなっていきます。
時間薬って本当にあるのかな。

夢にも出てきてくれない彼を毎日思いながら、子供達を抱きしめ、毎日ヘトヘトになる程の忙しさに気を紛らわせて生きてる。

会いたいなあ。

会いたい。

涙が止まらないからこのへんで終わりにします。

明日は彼の誕生日です。
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by nokorakuda | 2009-10-30 05:02 | らくだ夫

お花がいっぱい♪

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昨日、彼の会社の同僚の方がお花を持ってきてくれて(3枚目)、今朝は私の友達からお花(2枚目)が届きました。

嬉しい!きれい!

祭壇の周りにはお花がいっぱいです。

彼がいないから「彼のために」とお花を飾ったり世話したり、それが私の唯一の心慰めになってるんだよね。実際は私の為なのよ。

花を飾っていれば祭壇の前に座りこんでいられるしね。
次々と咲いていく百合の花を見ながら「ほら、咲いたよ。きれいでしょ」、と声をかけたりその日にあったことを報告したり。

大きなアレンジができるのも嬉しい!
豪華に飾っても自分でやれば安いから、それがまた楽しいんだ〜。

四十九日(五十日祭)は10月25日なんだけど、それが終わって祭壇片付けたらまた寂しくなるなあ。

そのころにはまた気持ちも落ち着いているかしらね。

そういえばお葬式の時の菊の花、台風明けの昨日見に行ったらまだ頑張って生きてた!
まる1ヶ月持ったのね。
だいぶ咲き終わったから殆ど片付けたけど最後の数本を新しいお花と一緒に飾って来ました。

お花ってさ、ちゃんと気持ち込めれば応えてくれるのね。
ラクダ家の鉢植えの世話はいつも彼がしてくれてたから、彼がきっとお世話してくれてるんだわ。

やっぱりさ、生きてるものっていいもんだよね。
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by nokorakuda | 2009-10-10 17:57 | らくだ夫
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さっきママ友ちゃんからきたメール。


のこちゃん、うちのつばさ何か見えてるんだか…昨夜私に『もう大丈夫!』って言ってきて、何が?って聞いたら『おいちゃんぴゅーって上に行った、仏様に』って言ったの!
私ドキドキしちゃって。
ラクダ夫さんのことかな?って思ったの。
神様のもとへ無事に行けたんだ!って思ったよ。



このブログにもよく登場するつばさくんは、今3歳3ヶ月。
なんか、すごいよね。


本当に昨日ぴゅーって行っちゃったのかなあ。

だとしたら、寂しいな。
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by nokorakuda | 2009-09-17 11:50 | らくだ夫

あの日のこと。

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2009年9月6日。

その日は久しぶりに夏の気温が戻り、天気も最高。透き通って輝く海が私達を迎えてくれた。

大好きな海に来れて、最高に嬉しかった。

入江の小さな石浜は目の前の小さな島に泳いで渡ることができ、波は全くなく、外海がいくら荒れていてもその場所だけはいつもプールのように穏やかな、取っておきの海だ。

水はいつでも澄んでいて、水に入ったとたん青い魚や黄色い魚、水槽の中でしか見られないような熱帯魚も顔を出す、シュノーケラーにはたまらない海。
私達は毎年少なくても二度はこの海に通っていた。

彼がダイビングのライセンスを持っていなければ、私達は出会うことすらなかっただろう。
私達にとって海はとても身近な存在だった。付き合って間もなく妊娠し、ダイビングはできなくなったが、シュノーケルをつけて大きなお腹でもひと夏に何度も海で泳いだ。
夏だけではない。春も冬も、私達の遊び場いつも海だった。

この夏私は第三子を身ごもり、つわりで微熱が続き、海水浴どころか起き上がる事さえ辛い日々が続いていた。
それだけに2ヶ月も前からきっとつわりが治まる頃だろうとこの日に友達と海水浴の予定を入れており、それはそれは楽しみにしていたのだ。思った通り、体調もすっかり良くなっていた。

友達家族もまたサーファー夫婦で、息子に海に関係する名前を付けるほどの海キチ。
彼らとこの海に来るのも実に三年連続の三度目だった。

午前中、子供達を彼に任せて1人でひと泳ぎしたとき、相変わらずの海の中の素晴らしさに心踊らせ魚と遊びながらも、なんとなく恐怖も感じてあまりあちこち泳ぎ回ることはしなかった。
たっぷり一年ぶりの海だということ、妊婦であること、1人であること。少し怖く、控えめな気持ちになるのは当たり前か。

私は水からあがり、また家族や子供達と一緒にくつろぎ、しばらくしたらいつものように小さなコンロと愛用の鍋でお昼ご飯を作ってみんなで食べた。

豚キムチチャーンやイカ焼き、釜上げシラスなど、いつものメニューで乾杯。
私も少し分けてもらったビールがたまらなく美味しかった。

ビールのない海ほどつまらないものはない。
彼もいつものようにビールを飲み、少し休んで最後にひと泳ぎ、と水に入っていった。

子供達は最初泳ぎたがらなかったが、やがて海に入りたがったので、友達と一緒に子供達を連れて水際まで行き、泳いでいる彼を見る。

「なんだよヘタクソ、ダサい泳ぎ方だなあ。」

友達と笑いながら彼を見ていた。

シュノーケリングのマスクをつけているくせにパクパクと頭を上げて息をしている。

なぜその時に気がつかなかったのだろう。
彼はその時、何かが起こってもがいていたのだ。

「さあ、お父さんの所に行こうね。」

子供達を足入れ浮き輪に載せて両手に1人づつ押し、ゆっくりと泳いで彼に近づいていく。

彼の頭が潜っている。
何を見ているのか。
いや、違う。動いてない。沈んでる!

子供達の浮き輪を手から放して彼の頭を引き上げる。
青黒く血の気の無くなった彼の顔。口の端から少し泡が吹いていた。

「助けてください!」

大声を出して助けを求める。
9月の海はエキスパートだらけだ。
すぐに二人が彼を岸まで運び、同時に他の人が救急車を呼んでくれた。

陸に上げて人工呼吸と心臓マッサージ。
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10…

リズムよく胸を押し、ブブブと口から空気を入れると、沢山の水や、さっき食べたものが出てきた。
「戻って来い!」

そう声をかけながら必死で彼を助けてくれようとする彼ら。
ゆうだいを抱きながら、水が出てくる度に「大丈夫、助かる。」と思いこんでいる私。

「大丈夫だよ。大丈夫だよ。」

とゆうだいに言いきかせ、彼の名前を呼び、そのうちに救急車が到着。

誰かがテキパキと答える。

「引き上げた時刻は?」
「2時25分です。」

まずは彼の目をライトで照らし、何も言わずにすぐに心肺蘇生を続ける。

私は濡れたラッシュガードをぬいでTシャツに着替え、子供達を友達に任せて救急車に乗り込んだ。
病院まではそれなりの距離があった。
救急車の中の心拍計は彼に繋がれていないかのように横一直線に糸をひいていた。

救急車の中でもずっと繰り返される蘇生処置。
なんだろう、なぜまだ気がつかないんだろう。
もういいかげんに気がついてよ。

病院に着いてもずっと続けられる作業。
最初は彼のそばにいたのだが、すぐに外で待つように言われた。

まだ濡れた水着を着ていたので、身重の体で風邪をひくわけにはいかないと、バスタオルを借りて体に巻きつけ、祈る。
病院についてから30分もしたころだろうか。
白衣を着た医師が出てきて、状況は変わらず、とても厳しいと言う。
救急車が到着したときには既に瞳孔も開いていたと。
瞳孔が開けているということは、脳が死んでいるという事だと。

中に入るかと言われて中へ。

目の前で延々と繰り返される作業。
彼の体を触りながら名前を呼ぶ私。

しばらくして、先生が、
引き上げてから1時間以上たつ。辛いことだけれど、もう無理だと思う。 もうやめてもいいですか。まだ続けますか。
と静かに私に説明する。

「やだ!お願い。もう少し。」

これが年寄りならばとっくに作業は終わっていただろう。
小さな子供もいるのを知ってか、蘇生処置は黙ってまだまだ続けられた。

先生がまた諭すように説明する。
要は、もう死んでしまっているという事を。生き返ることはないという事を。

「死んじゃうってこと?死んじゃったってこと?いや。わかんないよ。わけわかんないよ。やだ。やだ。」

看護婦さんに手を握られ、肩を抱かれ、だんだんと、諦めなくてはいけない事実に気がついた。

「もう、終了してよろしいですか。」

「はい。」

海から私が引き上げてから約1時間半後、彼の死は確定した。

再び外で待っていると、子供達を連れて友達家族が到着した。

「ダメだったの。死んじゃったの。」

言葉を失う彼ら。

「あの時に気がつけば良かったの。私が助けなかったからいけないの。」

子供達は長い廊下を無邪気に駆け回って遊んでいる。

警察の検死を待つ間、質問などに淡々と答えたり、実家の家族に連絡する。

なんと申し訳無いことをしてしまったのだろう。
これ以上の親不孝はない。

義母が電話に出て、義父は一泊旅行に出掛けていないと言う。
事実を伝えると泣き出し、なにやらわめいている。とにかく父に連絡が付くようにと義弟に電話をし、事情を話す。

もちろん実感はない。
時折吹き上げてくる悲しみ…いや、もっとわけのわからない感情に泣きじゃくったり放心したり。

検死も終わり、すっかり綺麗に洗われて浴衣を着た彼。
手は胸の下に組んでいる。

まだ、暖かいのに。柔らかいのに。

地元の葬儀屋に御殿場実家への搬送を頼み、到着を待っている間、義父から電話が入る。

「ごめんなさい。お父さんごめんなさい。」

それ以外に私は何を言えるだろう。

「いいよ。いいよ。気にしないで。気をつけて帰っておいで。」

父は何ひとつ聞かず、それだけ私に言って電話を切った。

私は初めてわんわん泣いた。

いい筈ないのに。
大事な長男が死んで、いいはずないのに。

父の優しさ、大きさに驚き、感動した。こういう父だから、彼がああなんだ。
私はいつも穏やかな自分の旦那がどういう人間なのか、そこで初めて知ったような気がした。

やがて葬儀屋の車が到着し、彼を1人搬送車に載せ、私と子供達は私の車を友達のご主人に運転してもらい、御殿場に向かった。
もう6時を回り、外は真っ黒だ。

彼があっぷあっぷしていたのを笑って見ていた、あの光景が何度も襲ってくる。
考えちゃダメ。
お腹の子の為に今は考えちゃダメ。

なるべくくだらない話をしながら約三時間。実家までたどり着いた。

既に親族や近所の人たちがわんさか集まっていた。

注目される私。
どうしたらいいのか、とにかく玄関に入る前に深く頭を下げ、それからお父さんに抱きついた。

「お帰り。いいよ。仕方ないよ。いいよ。」

涙が止まらない。

既に葬儀屋も着ていて、床の間に寝かす。
枕元に線香を炊かれ、死に水を口につけられる彼の姿はすっかり死人になっていた。

さっきまで、超幸せだったのに。
幸せだったのに。

私から離れない悠大。やがて眠ってしまった明日香。

その夜、私は何をしていたのだろう。

床の間に布団を敷き、止まらない鼻血を何度も拭き、彼の髪を撫で、頬ずりをし、キスをした。

明日香の夜泣きに悩まされ、朝方やっと眠りについた。
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by nokorakuda | 2009-09-15 02:42 | らくだ夫

初七日の夜

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皆さんご心配いただきありがとうございます。

通夜、葬儀には沢山の方からのお心遣いありがとうございました。

火葬後、そのまま納骨し、次の日には葬儀屋に支払いも終えあっと言う間に昨日の初七日も過ぎてしまいました。
あっけないものです。

気がつけば彼が死んだ日には全く咲いていなかった家の前の川の秋桜がすっかり咲き開いています。
畑の大根葉も倍ほどに大きくなりました。

私はなんとなく普通に生きてます。
今日は子供達を連れて公園に遊びに行ってきました。
汗をかきかき大きな滑り台のある小山を何度も何度も登り上り下り。
楽しい時間を過ごしました。

私、いつも元気いっぱいだから普通の人の日常はこんなもんかも。

昨日はママ友達のつばさくんたちが遊びに来てくれてゆうだいたちはすごくイキイキ遊んでいました。
葬儀の次の夜から子供達の夜泣きもおさまりました。

子供達が元気なら私は笑っていられるから。


以下は昨日(土曜日)の初七日話です。

―――

夕方、つばさくんたちの帰り際に少し買い物に付き合ってもらおうとしていたころ、義母が私にモゴモゴ言う。

「今日は初七日だからなにかご馳走を…散らし寿司にしようかと思って…云々」

神道では十日の払いという儀式があるから、7日目になにかするなんて知らなかった。それよりもう7日もたったなんて。
私は最初、初七日だから祭壇にご飯とお茶だけでなく、何かおかずを載せようという意味なのかなあと思ったのだが、どうやら話は違うらしい。
研いだ米は7合。
彼の兄弟家族も呼んで食事をするということか!

時は既に五時をまわり、今更急にどうしろと。
しかも「ご馳走」というならばそこそこに華がある彼の好きな物を作ってあげたいじゃないの。

チラシ寿司…あとは肉じゃがと、マカロニグラタンと…。

友達の運転で買い物に行き、食材をポンポンとカートに入れながら、走り回る子供達の事を他のお客さんに謝ったりしていたら、急に悲しくなってきた。

二人でいたら子供達に目が届くのに。
彼の好きなものを作ったって食べてくれやしないのに。

友達の肩を借りてボロボロと泣き、気を取り直して買い物を終えて家に戻り、友達は帰って行った。国道246は霧でけぶり、雨がパラついていた。

さて、あと1時間以内に14人分の食事を作らなきゃ。

台所に入ろうとしたら、じぃじが「今からお墓に行く」という。

すでに外は真っ暗、雨は土砂降り。
なぜもっと早く言ってくれないのか。

子供達を置いて急いで墓に行き、線香をあげて戻ってくると、すでに弟家族達は集まっており、子供達は二人とも号泣。

母はいつものことながらウロウロするばかりで何もしていない。

義妹たちに手伝ってもらいながら、ゆうだいを背負い、泣いている明日香はじぃじに任せて一週間ぶりに料理を始める。

何故、あと一時間早く言ってくれなかったのか。
私に遠慮したところで買い物にすら行けない義母一人でどうするつもりだったのか。

料理なんて乱れた心で慌てて作ったってうまくできる筈がない。

途中、食卓の皿をガシャンと落としてしまったのをきっかけに、嫁いでから初めて御殿場家族の前で取り乱し、泣きわめいてしまった。

こんな気持ちで作る料理を彼に食べてもらうの? (どうせ食べてもらえやしないのに。)


それでも一時間もしたらチラシ寿司や肉じゃが、グラタン、サラダなどが出来上がり、みんなで食べ始める事ができた。
普段よりはイマイチな出来だけど、普通に美味しく華やかな食卓になった。
私に気を使ってかみんなに「美味しいよ」と珍しく言ってもらえたが、ちっともうれしくない。普段はもっと美味しいのよ。

彼は居間から離れた床の間で1人祭壇のてっぺんで笑っているだけ。

「美味いねえ」「いいんじゃない」

もう、隣でそう言ってくれることもない。
超特急で皿洗いをしてくれることもない。

和洋中にエスニック、何でもでてくるラクダ家の料理も、この家にいたらただの「食べ慣れないもの」でしかないのだ。

みんなが帰っていき、家は嵐が去ったように静まり返った。
この一週間、連日弟家族たちが来てくれて、彼を挟まない直の関係になったことでこの家の面々とはぐっと距離は縮まった。もう長男の嫁だからとやたらに気張ることもないのだ。心に壁を作っていたのは私だったのかもしれない。


子供達は疲れて12時頃には寝たが、料理ひとつでこんなに悲しくなる現実に打ちのめされて、いつまでも眠れなかった。
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by nokorakuda | 2009-09-13 23:28 | らくだ夫

大好きなラクダ夫

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今日、大好きな伊豆の海で泳いでいたら、ラクダ夫が溺れて死んでしまいました。

1時間半も心臓マッサージや人口呼吸を頑張ってもらったのですが、引き上げたときには既に亡くなっていたようです。

一人で泳いでいたラクダ夫に呑気にお父さんのところに行こうね、と子供達をつれて近づいていって、頭が沈んでいたの。引き上げたのは私。
なんでもっと早く気つかなかったんだろう。
お父さんお母さんになんて申し訳ないことをしてしまったんだろう。
ゆうだい、明日香、ごめんなさい。

自分を責めたら気が狂って死んでしまいそうなのでお腹の赤ちゃんの為にもなるべく考えないようにしてます。 子供達が支え。

大好きなラクダ夫。私のことを大好きだといつも言ってくれたラクダ夫。
愛してる 愛してる 愛してる。

彼がいないと生きていけないと毎日思ってたけど、生きていかなきゃだし。

過酷な試練はこれから。

今日は彼にいつものようにおやすみチュをして寝ることにします。

冷たいくて固いのが不思議。

さっきまで超幸せだったのにね。こんなことってあるんだね。
実感わかないけど。

毎日毎日溢れてこぼれてたまらないほどの幸せをありがとう。
ありがとう。


9日にお通夜、10日に告別式です。
しばらくは御殿場実家にいます。
ここを読んでいる人多いから今のうちに書いておきます。
詳細は携帯にメール下さい。

彼を好きでいてくれた人たちみんなにごめんなさい。
ありがとう。 これからもどうかよろしくお願いします。
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by nokorakuda | 2009-09-07 02:38 | らくだ夫

息子とキャッチボール

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昨日、ラクダ夫が休みだったので御殿場の桜公園に行った。

ロスの家の子供がゆうだいに、と自分が使って小さくなったグローブをくれたので、それからラクダ夫は公園に行く度に野球道具を持っていく。

男の子が生まれたら一緒にキャッチボールをするのが夢だったラクダ夫。二人目を妊娠中、女の子とわかったとき、「キャッチボールができないじゃん」と言ったくらいだから笑える。

小さな手にまだ大きすぎるグローブをはめてテケテケとボールを追いかけるゆうだい。

拾ったボールを一度グローブに入れてから投げ返すのだ。

私がバッターになるとちゃんとキャッチャーの位置に座るんだから不思議だ。
まだまだまともなキャッチボールにはならないけど、こんな幸せな光景にプチ感動してしまう休みの午後でした。
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by nokorakuda | 2009-06-08 11:42 | らくだ夫